狐・夜
「やへいさん、やへいさん、開けてください。」
木戸に佇む細身の女、返事がないのに立ち去ろうとしない。
「出ちゃならん、出ちゃならん。」
居留守を使う、やへい。
やへいは見てしまったのだ。
峠の分かれ道で女が狐に戻るところを。
「俺は狐とやっちまった。
知らなかったのだ。
忘れろ、忘れろ。」
布団をかぶって呟くやへい。
女の声がやみ、コトリと音がした後、静かになった。
外が気になるやへい、戸をそっと開けてみる。
夜風が家に入り込む。
「やへいさん」
ぎょっとして振り向くやへい。
家の中の畳の上に正座して三つ指着く、女。
「くり子、い、いつの間に。」
ひとりでに開いたままの戸が静かに閉まる。
慌てて戸を開けようとするやへい、気がつくと自分の煎餅布団の中。
女がやへいの足の指を舐める。
「何故、居留守など使うのです。
もう、くり子が嫌いになりましたか。」
「おまえ、どうやって家に入った?」
やへい、やっと声に出し、女に訊ねる。
「もう知っているのでしょう。
私が何なのか。
嫌いになったのですね。」
そう言った女、やへいの髪を細い白い指で撫でる。
震えるやへい、体が動かぬ。
もはや女に触れられるのは苦痛でしかないのだ。
戸の隙間から夜風が再び家に吹き込む。
やへい、瞬き一つ。
消える女。